「電磁波の健康影響を考えるシンポジウム」

【資料5】津田敏秀先生のコメント


 今回のWHOの「環境保健基準」は疫学調査結果を支持して「予防的アプローチ」を勧告しました。そこで、疫学調査の専門家である津田敏秀先生(岡山大学大学院環境学研究科教授)に経済産業省のワーキンググループの議事概要と報告書案について見てもらい、コメントをいただきました。


津田敏秀先生のコメント


1.電力設備電磁界対策ワーキンググループの中で

(1)「環境保健基準(EHC)」と「ファクトシートNo.322」について
第2回の会合で大久保千代次委員からの説明で、WHOの正式文書は「ファクトシート」の方で、「タスクグループによるEHCは低減策に偏重しており、違和感を持ったのでWHOの公式な見解を表明するためにファクトシートを作った。」と説明がありましたが、この説明をどう受け止めたらよいか。


誰が見てもEHCの内容の方が詳しく、ファクトシートをことさら詳しく重視する必要はないと思います。ただ現状では、ファクトシートの内容すらも、十分、反映されていないと思います。ファクトシートの最後、WHOガイダンスには以下の3項目が推奨されています。

  1. 政府及び産業界は、ELF電磁界曝露の健康影響に関する科学的証拠の不確かさを更に提言するため、科学を注視し、研究プログラムを推進すべきです。ELFリスク評価プロセスを通じて、知識のギャップが同定されており、これが新たな研究課題の基礎をなしています。
  2. 加盟各国には、情報を提示した上で意志決定を可能とするため、全ての利害関係者との効果的で開かれたコミュニケーション・プログラムを構築することが奨励されます。これについては、ELF電磁界を発する設備の計画プロセスに、産業界、地方自治体、市民との間の調整と協議を増進することを盛り込んでも良いでしょう。
  3. 新たな設備を建設する、または新たな装置(電気製品を含む)を設計する際には、曝露提言のための低費用の方法が探索されることは良いでしょう、適切な曝露提言方策は、国毎に異なるでしょう。ただし、恣意的に低い曝露限度の採用に基づく政策は保証されません(not warrantedの訳語としてはこちらの方が妥当でしょう。「是認されません」と訳しているのは気にかかりました。)


 このいずれも現在政府は守っていません。特に2を守っていないために、みなさんがこのようなシンポジウムを開かねばならないわけです。こちらの方がずっと問題でしょう。それにファクトシートのfurther reading(更なる読み物)にEHCが入っていることからも、大久保千代次先生の言い方はおかしいでしょう。


(2)第2回会合で配布された「資料3 疫学について」について
第2回の会合で山口直人委員(東京女子医科大学公衆衛生学)が説明した内容について


山口直人先生の「疫学について」のスライドは、以下の2点でおかしいです。

  1. オッズ比を高くするバイアスのみを気にしている
  2. Ahlbomらのpooled analysisには、選択バイアスの可能性が言及されているが、交絡バイアスはそれほど言及されていないのに、数多く列挙して内容を膨らましている点。
3)第4回会合の議事要旨(当ウェブサイト掲載時の編注・議事録もほぼ同じ内容)の中での「0.4μTという数字」の議論について
「0.4μTという数字の解釈だが、WHOのファクトシートにも0.4μTの数値が何も意味がないということを言っている。つまり、これより上がったからといって直ちに危ないということでもないと明確に言っており、たまたまプール分析でやったときのカットオフ数値が0.4μTであったということ。」


 「たまたま」が何を意味するのか分かりませんが、曝露量のどこかで線を引かなければ、発生率もオッズ比も計算出来ません。したがって、全ての疫学研究は「たまたま」線を引いて発生率やオッズ比を計算していると言えます。WHOの文章で、0.3-0.4μT以上と書いてあるように、どこで線を引っ張っても多めの曝露で白血病は多発しているようです。

2.「電力設備電磁界対策ワーキンググループ報告書案」について

 12月20日に開かれた第6回会合でワーキンググループの検討をまとめた報告書案が示されました(当ウェブサイト掲載時の編注・報告書もほぼ同じ内容)。この内容について。
(1)「表5 IARCによる発がん性分類(2007年12月現在)」について(20頁)


 Possible carcinogenを「発ガン性があるかもしれない」というのは、この資料で初めて見ました。Possibleに「かもしれない」という訳があり得ることは否定しませんが、通常は「発ガン性がある可能性がある」と訳されています。この「かもしれない」という訳し方は大久保先生もやっていますね。


(2)「4.2.2 疫学研究」の記載について(21頁)


 ここの記載は、以下のように間違いだらけです。


 「疫学研究は、19世紀に、伝染病や食中毒などの急性疾患の原因究明に本格的に用いられ始めた。原因が単一であること、短期間の急性発症であることから、疫学は大きな力を発揮した。」について。(21頁)


 伝染病や食中毒でも「原因は単一」ではありません。伝染病や食中毒の原因が単一と考えてしまうのは、「結核が結核菌によって起こる」、「コレラがコレラ菌によって起こる」、「赤痢が赤痢菌によって起こる」という例を想定して言っているためだと考えられます。しかしこれは、病名の付け方という基本が分かっていないことによって起こる誤りです。結核の症状は、咳、微熱、倦怠感、などです。コレラの症状は、下痢や嘔吐です。赤痢の症状は、血便、下痢、発熱です。これを症状から見ますと、原因が単一ではないことが簡単に分かります。これを書いた人は、病名の付け方が、症状のみから構成される病名(症候論的病名manifestational criteria)と、原因を添付して構成される病名(原因論的病名causal criteria)に大きく分けられるということを知らず、両者を混同しているのです。半世紀近く前に出された最初の包括的な疫学の教科書にも記載されているこのような基本的な事柄を知らない人に病気の原因や疫学を論じる資格はありません。

 「IARCの発がん性評価でグループ1と判定されたものの中には職業曝露に関連したものが多いが、これらは、疫学が職業がんの原因究明の際に有効であったことを示した例である。職業曝露が他の発症因子に比べて非常に強い発がん因子であり、相対危険度は数十倍から数百倍と強力であることが背景にある。喫煙と肺がんの疫学調査についても同様であり、喫煙は肺がん発症の大部分を説明できる主要な発がん要因であり、相対危険度は5~15倍の増加を示すことが、疫学が力を発揮できる背景にある。」(21頁)


 ここではIARCの発ガン性評価の記載と、1950年代から1960年代の疫学研究を合わせて書くことによって、IARCの発ガン性評価では相対危険度が5-15倍なければグループ1に分類されないかのごとき誤解を与えています。しかし、受動喫煙と肺ガンは1.5倍、シリカ粉塵と肺ガンも1倍代の相対危険度しか示されていないのに、グループ1に分類されています。


 「がんの原因究明で、職業がん、喫煙と肺がんの疫学が成功を収めた理由としては、上述した強い発がん性の他に、「コホート研究」と呼ばれる分析疫学手法を用いることができた点が大きい。コホート研究が高い信頼性を持つ理由は、追跡調査によって曝露状況に応じた発症リスクが罹患率、死亡率を指標として評価することができることによる。症例対照研究では、症例群と対照群が選ばれるプロセス、過去の曝露情報を収集するプロセスで様々な問題がリスク推定に影響して正しい評価が妨げられる可能性が指摘されているが、コホート研究では、この問題の大部分を解決できるのが強みである。」(21頁)


 ここではコホート研究の強みを強調しすぎています。症例対照研究と同じです。次頁でコホート研究による信頼が得られてないことを挙げていますが、1993年のスウェーデンの症例対照研究はスウェーデンの全症例を対象としており、これはコホート研究と見ることが出来ます。そもそも理論上はコホート研究と症例対照研究は同じ事をやっていることが明らかにされており、この文章が疫学理論を勉強したことがない人物に寄りかかれていることが分かります。


 「相対リスクが2倍と言われれば、「2倍も危険」と解釈するのが普通であるが、上述したような症例対照研究の結果の不確実性を考慮した場合には、相対危険度が2倍と示された場合でも、上記のような偏りやほかのリスク原因の存在が否定出来ない場合は直ちに因果関係を示す十分な証拠とはみなされず、引き続き研究が必要と解釈されるのが通例である。」(23頁)


 相対危険度の2倍が1倍になる可能性を様々なバイアスを挙げて論じていますが、バイアスは相対危険度を過大評価するだけでなく過小評価する方向にも生じます。従って、相対危険度2倍が1倍になる可能性を論じる人は同時に相対危険度4倍になる可能性も論じていることになります。このような点でもこの文章が疫学理論をあまり知らない人が書いていることを示しています。私たちの手元にあるのは、信頼性の高い研究において、2倍という数字が平均として示されているということなのです。


3.その他

 ワーキンググループの会合を傍聴した方々に聞くと研究者委員4氏が、消費者委員などの疑問や意見等にほとんど答えており、議論を誘導しているのが分かります。このことは議事要旨を読んでも分かりますが、この研究者の役割をどのように見たらよいのでしょうか。


◇大久保千代次先生について
 現在まで集めた情報では、大久保先生は疫学のトレーニングを受けた形跡も研究歴もなさそうです。大久保先生の履歴書と業績を最終的に確認しなければなりませんが、現在の所、大久保先生が書いた疫学に関する記載は気にする必要はありません。


この津田さんのコメントは、九州の市民団体の要請に応じてお書きくださったものです。市民団体による実行委員会の主催により福岡市で2008年2月3日に開かれた「電磁波の健康影響を考えるシンポジウム」の参加者に配布されました。






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